落ちていたヒナを拾いまして….そして…
落ちていたヒナを拾いまして….
雨上がりの夏休み初日、朝一で買い出しに出かけた私とたか。
「あ~~~!待って待って!!!」とたかが急停車。
そのペダルの足元に小さな黒いものが…..
それは…たぶん、昨夜の強風で落っこちた鳥のヒナ。
ひゃ~!生きてる….
慌てている我々の後方にトラックが来て、仕方なく拾って家に持ってきたのですが、さて、どうしたらよいものやら…..だって、この生命あるものは、只々心拍数と一緒にビクンビクンと動くのみ…
で、思わずツイッターしてみましたら、ありがたいことに自然音楽をお仕事にされている方とか、地域の鳥に詳しい方など、様々な方から即!経験談やアドヴァイスが届くのです。その内容は一様に同じで、
「ヒナは親元に返すのが一番、手元においてはいけません。とにかく、ベランダに出して、鳴かせて、その声を聞いて親はヒナを見つけます。それも早くしないと、親はヒナを認証できなくなります。」
本当に?
困ったことに肝心のヒナは弱りすぎて、声が出ない。
で、まずは箱に入れて、温めて、おそるおそる水をあげ、あ、根気よくそうしているうちに、ちょちょっと水、飲みました。
で、可愛いもんで、プリプリってう◯ち出して、
びっ!!!
鳴いたのです!そうはいっても、拾ったところからかなりうちは離れているし、私は仕事に行かねばならず、困惑顔のたかを残して家を出てしまったのです。
その夜、帰宅したのは夜。寝静まった家のドアを開けると、空っぽのヒナのいた箱が…..
ヒナはどうしたんだろう….
携帯をチェックすると、二子玉川の地域で水辺の楽校に参加されていて、
鳥に詳しい方からメールがきていて、その内容、許可を頂いたので、
載せさせて頂きます。その方は事情を知って、わざわざたかと一緒に拾った現場に行ってくださったのです。
「登坂さま、ヒナはスズメでした。
拾った場所で登坂くんと待ち合わせをし、ヒナを持って来て頂きました。
ヒナの入った箱を巣の近くの塀の上に置いてすぐに 親スズメはヒナに気付き、ヒナの入った箱の近くまで寄ってきました。
箱から出したところ、ヒナが家の中に飛び下りてしまって一瞬慌てましたが、無事に着地。
その後は、親が交代で餌を何度も運びに来て、塀の内側をあちこち歩き回るヒナの姿も確認できました。
専門家にも実際のヒナの様子を見てもらいましたが、ヒナの時の羽の骨折は手術しても直せないことがほとんどだそうです。
親も必死に餌を運んでいますし、このまま親元に置いておく方が 親にとってもヒナにとっても一番いいということで 薄暗くなってきたこともあり、帰ってきました。
登坂くんが、あのヒナに気付かずにいたら トラックが来なくても寒さで命を落としていたと思います。
暖めて水分を与えられただけでも ずいぶん元気が回復したはず。親元で できるだけ長生きしてくれるよう祈るばかりです。」
ヒナは親に会えたのだ。
親は探していたんだ。それも必死に。
私は、たぶん、どこかで信じていなかったのです。親がヒナを声でみつけるなんて。
でも、そういった考えは一気に覆されて、親子は対面出来たという事実に、感動というよりは、畏怖を覚えました。
自然の生き物の持つ親の本能をみせつけられた思い。
翼と足の折れた、もはや自然界で生きてゆくのには決定的な致命傷を受けた自分の子どもを
みつけて、親はどんな思いで舞い降りて、餌を運んだのだろうと思うと、
なんだか、泣けてきてしまい…..
今回、自然にあるものは、手出ししてはいけないという、ある意味厳しいルールや
生き物の持つ本能や、愛を、こういったことで教えて頂けた機会だったのです。
それ以来、
その道を毎日通りながら、空を見上げて、鳥の声を聴きます。
雀の親子がどうなったかはわからないけど、確実にわかったことがあります。
鳥の声の聞こえ方が変わりました。今まで持っていた「鳥の声」という概念はなくなって、以前は聞こえなかった、
….いえ、たぶん、聞こうとしていなかった、親が子を呼ぶ声、子が親を呼ぶ声、それら様々な呼応が空から、街路樹から降ってきます。
「ねえ、あのときどうだったの?」敬晴は、飄々と答えます。「うん、気が狂ったみたいに鳴いていた雀がいてね、親だったんだよ」
彼は小学校一年生のとき、やはり風で落ちたヒナをみつけ、それにぴーすけという名をつけて、「ボクが見つけたんだ!ボクのぴーすけだ!」と喜んで、そして、
結局死なせてしまって、こちらが困惑するほど号泣したことがある。
彼は中学1年生になって、今回は親元に返すことが出来たのだ。
私たちの夏休みはこうして始まりました。



