明日の戯曲
山口県秋吉台 山の頂上。ぎりぎりの岩の上。
先日、お友達からメール。
「最近HPとblogの更新がありませんが、体調でも悪くされているのではないかと
心配しております。」
いえ、ついついFacebook とかtwitterとか、手短かな媒体で情報を送っていたので
自分としては、更新中のつもりだったのだけど、考えてみれば、こういった媒介を使っている方たちばかりじゃないのよね。
こうして思いやってくださる優しい文面に、ありがたいな~と思いました。
大丈夫ですよ!おかげ様で元気でやっております!!
さて、先日心揺さぶられる戯曲に出会いました。それは、大好きなテネシー・ウイリアムズとか、シャンリイとかとはまた違ったベクトルで私の心を直撃したのです。
12月になると、お仕事でお世話になっているあっぷすアカデミーの生徒さんたちの終了公演があります。一年間そこで演劇を学んだ生徒さんたちのいわば発表会です。今年はどうしても時間がとれず、4クラスあるうちのクローバークラスの公演に駆けつけます。(他のクラスの生徒さん、ごめん!)
「ホテル カリフォルニア」作:横内謙介
…どんな作品なんだろう??
生徒さん達演じるキャラクターは、神奈川県立厚木高校生徒の群像。私的戯曲物語とあるので、時は、作者横内さんの高校時代、70年前後の政治の季節(学園紛争)が、終わった後の77年から80年。この時の高校生たちは「シラケ世代」と呼ばれ、無気力・無関心・無責任・・・「三無主義」ともいわれ…
え!
そう、私もまさしく目の前の舞台で演じられている高校生と同じ時代を生きた世代。しかも、神奈川県立の進学校。なので、彼らの語るセリフは等身大の当時の自分たちの言葉としか聞こえてこなく、(shi~~~とシラけた音でブーイングしたり、校門前のお店にはチェリオ、売ってた…たしかに)
おまけに、おまけに、私は、その前の日に、30年ぶりの高校時代の旧友達を再会したばっかりのタイミングだったのです…….
劇中、生徒は中学時代とは一転した自分の成績に愕然としたり、学校を変えたいんだと革命を起こそうと突進したり、クライマックスは学園祭を盛り上げようと、ジンギスカンを踊ることを企画する。そしてその後、燃え尽きた彼らは、夜を明かして語り合おうという一人の友を無視して、受験という流れの中に入ってゆく….大人になった生徒たちは、いう「どうして、あの頃、もっと仲間と語り合わなかったんだろう」
まさしく、前日再会した湘南の私達は
18歳のあの頃を同じ言葉で懐かしんでいた。「どうして、あの頃、もっと仲間と語り合わなかったのだろう…」
私が衝撃を受けたのは、そういった自分たちのまるで内輪のような内容が
今に響く戯曲、演劇になりうるのだということ。そう、今響くのだ。
劇が終わって開口一番に、指導演出された田辺日太さんに「この戯曲、誰が書いたのですか?」とくらいつくと、日太さん、「生徒達が演じられる年齢にあった劇をみつけようと探しました」と笑顔で答えられる。
素晴らしいな….
おかげ様で、私はその日は客席で観客として、舞台上で私の高校時代の私に、友達たちに出会うことが出来ました。
ラストの生徒さんの涙ながらのモノローグの中で、(ごめん、聞き覚えだから、
多少違うかもしれない)
「ふるさととは、帰る家ではなくて、友との絆にあるのかもしれない」というセリフ……
前日に出会った級友たちの実家はもうほとんど湘南の街にはなく
東京、大阪、埼玉、遠くはアメリカと……離れ離れであり、
私たちを笑顔で当時送り出してくれた両親たちは他界したり、または、介護という現実で、年老いた親がひとりふるさとの家を守ることは難しくなっている状況の中で、こうして、品川のお寿司屋さんで当時、語り合うことをなにか斜めに恥ずかしがっていた私達が、延々と延々と今話したいことがいつまでも続く…..
少なくとも私には、同窓会とそして舞台というある種、異質の世界がこの戯曲によって強くリンクしたのです。演劇というのは、こんなふうに人の心を揺さぶることもあるのですね…
あの当時、18歳の頃、みんなが大学受験にむかってゆくときに、私は大学を受けず、宝塚に入ることを選び、そして、結局今も、その延長上にいます。
湘南の友はそんな私を心から応援してくれているし、私も彼らの社会での素晴らしい働きを誇りに思います。
すべてはその過程=プロセスがあっての今なのだとしたら、
クラスで使っている、素晴らしい戯曲達、テネシー・ウイリアムズや、シャンリイ達を大切にしつつ、これからも新しい、今の人の心に響く戯曲を探し、創作して、関わって行きたいとしみじみ思い、
あ!そうだ。久しぶりにblogを更新しようと思ったわけです。
アップスアカデミーの生徒さんの熱演に拍手。そして指導者の先生方のよき働きにもおおいなる拍手!!
ありがとうございました!
