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studio unseen

Noriko's Blog - 月別アーカイブ: 2011年3月

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リーディングポエトリーナイト チャリティーヴァージョンのお知らせ

今年のクリスマスローズ、パープルのがよく咲いています。

……

震災から2週間以上が過ぎ、日常を取り戻してゆくことが始まっています。

ようやく今出来る事をやろうとエンジンがかかりました。

ので、

リーディングポエトリーナイト チャリティーヴァージョンのお知らせです!

4月9日 土曜日 pm6時開場〜10時まで

場所:宇奈根地区会館(ちょっとローカルなんだけど、)

世田谷区宇奈根2-33-20

バス宇奈根地区会館下車(玉05 二子玉川駅~二子玉川循環・狛12 狛江駅南口~宇奈根)

バス下宿下車6分 (玉07  二子玉川駅~成城学園前駅・玉08 二子玉川駅~調布駅南口)

内容:いつものリーディングポエトリーナイトと変わりません。

お好きな詩やモノローグ、音楽、なんでも持って来て下さい。読んでもいいし、暗唱してくださってもok.

プラス、始まりの30分norikoのリンクレターヴォイスウォーミングアップ

そして、アレクサンダーテクニーク講師のサヒに瞑想をしてもらいます。(これ、私もすごく楽しみ!)

そのあとは参加者の方の時間です。会場にはピアノもあります。

今回は東北関東大震災の義援金を募ります。金額は任意。これを機会にぜひ足をお運び下さい。

途中参加でもOK. 見学オンリーも歓迎です。お友達にもお声かけ下さい。

ちょっとした飲み物とおつまみもあります。

よろしかったらいらして下さいね。

…….

今週からクラスを再開して思う事はやっぱりこうやって目を見ながら語り、そして聞き合うことの大切さ。

極度の緊張でガチガチになっていた心と身体をほぐして、いつも通りのクラスが出来る幸せ。

帰りに通る渋谷は明かりが少なくて暗いけど、心は暖かいです。

カリール ジブランその4 教えることについて

たかも無事に卒業式を終えました!

式典は1分間の黙祷でスタート。少年達は巣立ちます!

….

今日、子供劇リハーサル再開。

震災から2週間。小さな女優さんたちも、お母様たちも、アクターも、

一緒に丸く座って、いつもチェックインをして、ヴォイスワークを始めて

呼吸と身体と思考を静かに一致させていく。

さあ、そのあとはぐいぐいリハーサル!

いやあ〜出てくるわ、出てくるわ

みんなのエナジー、ヴォイス、笑顔!!!

…..

告白すると、この2週間、まったく集中出来なくて、私自身が

心と身体を一致させることがどんなに難しいか、痛感。

イッタイナニヲマナンデキタンダロウ…..

なので、こうやって再びまたお勉強させてもらいます。みなさん、よろしくおねがいします。

ステラ・アドラーは、アクターにこう言ったの。

「一生涯、人間学の生徒であれ」って。

明日はヴォイスクラスも再開。なので、ジブランはここで一段落とします。

最期に綴りたいのは、『教えることについて」

これからも演じ、そして教えることを続けさせてもらえるなら、

こんなふうでありたいです。

カリール ジブランP73 「教えてることについて」

するとひとりの教師が言った。お話ください。『教えること」について。

アルムスタファは言った。

あなたに誰かが何かを示しても、それは所詮、すでにあなた自身の「知」の夜明けに、

目覚めをもってまどろんでいたもの。

神殿の影で弟子にかこまれて逍遥する教師は、自分の英知を与えるのではない。

与えるのはただ、かれの信念と慈愛だけ。

もしかれがまことの賢者ならば、あなたがたをかれの英知の住み処には招き入れず、

あなたがた自身の精神の門口にこそ導きます。

天文学者は、自分が空間というものをどう理解しているかをあなたに語りもしましょう。

しかしその理解を与えることは出来ないのです。

音楽家は、宇宙にみなぎるリズムをあなたに歌って聞かせもしましょう。

しかし、リズムをとらえる自分の耳と、リズムをこだまさせる自分の声を

あなたには与えられません。

また数の学に通じている者は、度量衡の世界について語れはしても、あなたをそこに導けはしません。

ひとりのひとの透察というものは、その翼を他のひとに貸せはしないのです。

あなたがたのひとりひとりは、神の「知」のなかに独りで立たされてている。

同じように、ひとりひとりが、神について「知ること」、大地を『理解すること」においては、

孤独でなければならないのです。

….

カリール ジブランその3、そして風力発電

去年の舞台unseen本番一週間前の日曜日に

虹色の雲を見た。彩雲。良い事の兆し。

今だからもういちどここで皆さんとシェア。

自然の猛威に圧倒されたけど、自然はこんな美しいものも創るんだもの….

畏怖を覚えて、我々人間が作ってきたものを考えたいです。

…….

気仙沼中学校の卒業式が放送されていた。一緒に卒業するはずの友達を失い、行方不明のままの友もいる…避難所の体育館で答辞をよむ少年。その声は「天をうらまず」と。

強い言葉だな。15歳でこんなこと言えるなんて….

代表で読んでいる男の子を見ながら、思い出した私の高校の同級生がいる。

彼は成績優秀で、性格も穏やかで、ちっとも嫌みのないその雰囲気でテニスをする姿を私たち女子は山本くんの皇室テニスなんて呼んでいた。彼は現役で東大ストレート、そのあと外資系の企業に就職というわけだが、今なにをしているかというとその会社を辞めて、単身でアメリカに渡り、洋上風力発電の会社を立ち上げて頑張っている。

「風力発電、なんでそれに興味を持ったの?」20数年ぶりの再会で私は昨年山本くんにきいた。答えはシンプル。「小学生のとき、自然の力でエネルギーが出来るってすごいって思ったんだよ。」

風がエネルギーを作る。

彼は天から授かった優秀なその頭脳をそいいう事に使ってるんだ。

世間はまだまだ風力発電には前向きじゃないから、実情は大変で今貯金を切り崩しつつ、助成金をもらうためアメリカ中を駆け回っている。

禎子さんの劇を上演すると必ずこの話題がどこかででる。原子力発電について。『風力発電はどうなんですか?」というと、大抵の人があれは無理と答えを返す。私もなにもわかっていなかった。原発については浅い知識しかなかった。だからなにも言えなかった。

今日、たかが卒業文集を持って来た。小学6年生たちの将来の夢が書いてある。

それぞれの12才たちの夢。私が大ファンの校長先生は送る言葉に

日本のロケット技術者の言葉を添えていらした。成功への難しい過程の中で、「NOと言わないでやってきた者だけがロケットを成功に導ける」何か大きなことを成功させる、または人間として大きく成長するのは、意外と、NOと言わずにとにかく体験するこの積み重ねにあることと。

山本くんによると、原発のある沖10キロもいけばもったいないくらいのいい風が吹いているのだそうだ。

……

カリール ジブランP40

そこで、ひとりの女が言った。お話ください。喜びと悲しみについて。アルムスタファは答えて言った。

あなたの喜びは悲しみの素顔。

笑いの込みあげてくる井戸は、しばしば涙で溢れています。

そういうことなのです。

悲しみがあなたの存在をえぐれば、えぐられたところにそれだけ喜びをたくわえることが出来ます。

あなたが葡萄酒を受ける杯は、まさに陶工のかまどで焼かれたあの杯ではありませんか。

あなたの心を慰める楽器、リュートは、もとは小刀でくり抜かれたあの木ではありませんか。

嬉しいときには、自分の心の奥をのぞきこんでごらんなさい。すると見つけるにちがいありません。かつては悲しみの原因になっていたものが、今は喜びの原因になっているのを。

悲しくて仕方のないときも、心の奥をのぞき混んでごらんなさい。すると気づくにちがいありません。かつては喜びであったことのために今は泣いてるのだ、と。

あなたがたの誰かがいいます。「喜びは悲しみに勝る」と。すると或るひとが言います。「いや、悲しみの方こそ」と。

しかし私は言います。喜びも悲しみも分けることは出来ません。

両方とも連れそって来て、一方があなたと食卓についているとき、忘れてはなりません。もう一方はあなたの床に眠って待っているいるのです。

まことにあなたは秤のようです。悲しみと喜びのあいだに懸かっていて、空のときだけ静止し、平衡をたもちます。

宝の持ち主が、自分の金と銀を量ろうとあなたを持ち上げとき、あなたの喜びと悲しみも上がり下りせざるを得ないのです。

……

子供劇のリハーサル再開を決めた。ステラクラスもヴォイスクラスももういちど始める。私は、演劇という風でどういう流れを創ってゆけるだろうか。

カリール ジブランその2

トシ、卒業です!みなさんのおかげで、ここまで成長させて頂きました。

ありがとうございます!

震災から9日が過ぎて、その間福島の原発の様子に一喜一憂する日々。

被災地の大変な様子をみつつ、思う。当たり前のことだけど、3月11日の前の私達にはもう戻れないと。

2011年3月11日の前と後とできっと歴史は語られてゆくに違いない。日本はそういうことになったと思う。

そんな中、としの中学校の卒業式が無事に行われた。いつもはやんちゃな子ども達が

誰一人騒ぐ事なく、静謐なとてもよい卒業式だった。

この学年との思い出は、彼らが小学校5年生のときPTAとして体育館で『禎子と千羽鶴」を上演した。

被爆者の村上啓子さんに来て頂いて、お話をして頂いた。子ども達はいろいろと

質問した。戦争について、原爆について、そして、放射能について。

自発的に千羽鶴を折ってくれて、啓子さんはそれを束にしてくださってヒロシマに持って行って下さった。

6年生になったとき、学芸発表会で、この学年は戦争をテーマに自分たちで劇を創った。

私はそれをみて驚いた。よく出来ていたのだ。きちんと歴史を学び、セリフを考え、どうやって先生方は指導されたのかと

思い、池田先生に聞いたら、「いいえ、私たちは見守っていただけで、あの子たちが全部自分でやったんです」と。

その子達は今義務教育を終えて旅立つこととなった。連日の余震、放射能についての不安、そんな中での卒業式。

被災地では卒業式どころではないだろうし、都内でも中止にした学校は多いと聞く。だからこそその人たちの

事を思って、しっかりと子ども達の旅立ちを見守りたいと思った。小学校の校長先生からの祝辞は

いつもの優しさの中にこれからは違う、当たり前のことに努力をという力強いメッセージがあった。

本当にそう。大人になってゆく彼らの未来を思うと、凛と背筋をのばしたくなった。母の形見の着物を着つつ。

カリール ジブラン  p25 子どもについて

…..そこで、子どもを胸にかかえた女が言った。お話しください。子どものことを。

アルムスタファは言った。

あなたの子は、あなたの子ではありません。

自らを保つこと、それが生命の願望。そこから生まれた息子や娘、

それがあなたの子なのです。

あたなを通ってやって来ますが、あなたからではなく、あなたと一緒にいますが、それでいてあなたのものではないのです。

子どもに愛を注ぐがよい。でも考えは別です。

子どもには子どもの考えがあるからです。

あなたの家に子どもの体を住まわせるがよい。でもその魂は別です。

子どもの魂は明日の家に住んでいて、あなたは夢のなかにでも、そこには立ち入れないのです。

子どものようになろうと努めるがよい。でも、子どもをあなたのようにしようとしてはいけません。

なぜなら、生命は後へは戻らず、昨日と一緒に留まってもいられません。

あなたは弓です。その弓から、子は生きた矢となって放たれます。

射手は無窮の道程にある的を見ながら、力強くあなたを引きしぼるのです。

かれの矢が遠くに飛んで行くために。

あの射手に引きしぼられるとは、何と有り難いことではありませんか。

なぜなら、射手が、飛んで行く矢を愛しているなら、留まっている弓をも愛しているのですから。

……..

クラスをはやく再開したいなと日々思う。こうやって失ってみるとあらためてなんて素敵な空間だったんだろうと

思う。スタジオで毎回起こる生徒さん一人一人の奇跡、成長、開いた瞬間、笑ったり、泣いたり、一緒に学んでくれてきた

みんなの顔を思い浮かべる。私にとってステラ・アドラークラスとリンクレイターヴォイスクラスがどういうものだったのか

噛み締めて思う。

カリール ジブランその1

今回の東北大震災による多くの犠牲者の方のご冥福を祈り、ならび被災者のみなさまに心よりお見舞い申し上げます。

そして、今なお現場で決死の覚悟で働いて下さる方たちに心からの感謝を……

明日は18日金曜日。としの中学校の卒業式。そしてそのあと私はいつもならステラ・アドラー基本クラスに

行く予定だった。

クラスは今はお休み中。生徒さんからは沢山の温かなメールを頂いた。ありがとう。

演劇ってこういう時、劇場は次々閉鎖。確かに人に必要なことかというと、真っ先にやり玉にあげられるのが芸術かもしれないけど、でも考える。悠久の時を超えて演劇ってものは人の歴史とともにあったんだから、やっぱり今なにが出来るのかなあと。

なので、まずはステラ・アドラーが生徒に読むように勧めたカリール・ジブランの『予言者」

から一部を抜粋してゆこうと。よかったらゆっくりと、心と身体を一致しながら、イメージを持って読んでみて下さい。生徒さんに授業は出来ないけど、でもこれは伝えられる!

P19 愛について より

…….そこでアルミトラは言った。お話下さい。愛について。

アルムスタファが頭をあげ、ひとびとに目を向けると、そこに静けさがみなぎった。

それで、かれは語り始めた。

愛があなたがたをさし招いたなら、愛に従いなさい。

たとえ、その道がどんなに厳しく険しくても。

愛の翼があなたがたを包んだなら、愛に身を委ねなさい。

たとえ、その翼に潜む刃が、あなたがたを傷つけても。

愛があなたがたに語りかけたなら、愛を信じなさい。

たとえ、その声が、庭を荒らす北風のように、あなたがたの夢を

打ち砕いても。

なぜなら、愛は、あなたがたに栄冠を与えると同様に、あなたがたを十字架につけるのです。

愛はあなたがたを育て、また刈り込みます。

愛は、あなたがたの梢にのぼって、陽射しにゆれる小枝を愛撫し、また

忽ち足元に降って、土におろした根を揺るがすのです。

愛はあなたがたを、麦の束のように刈り取り、あなたがたを打って、裸にし、

ふるって、殻を取り、ひいて、白く粉にし、練って、しなやかにする。

そしてさらに愛はあなたがたを愛の神聖な火で焼きます。神の神聖な祭りの

パンとするために。

愛は、これだけのことを、あなたがたのうちに、あなたがたのためにするのです。

あなたがたが自分の心の奥の謎をさとり、このさとりのうちに生命の心の一片となるために。

しかし、それを恐れ、愛の安らぎと楽しみだけを求めるのなら、むしろあなたがの裸を被い、

この愛の麦打ち場を避けて、あの季節のない世界へ行くがよい。

そこでは、笑っても真底から笑えず、泣いても流れるのは本当の涙ではない。

愛は愛自身のほか何もあたえるものなく、愛自ら受けることがない。

愛は所有せず、また所有させない。

愛には愛だけで充分なのだから。

愛しているとき、神が私の心のなかに、といわないように。言うならば、むしろ、

私が神のこころの中に、と。

思ってもならない。あなたがたが愛の歩みを導けるなど。なぜなら、

愛こそがあなたがたの歩みを導く。もし、あなたがたにその価値があると見れば。

愛の望みはただひとつ。愛自身を満たすことです。

しかし、もしあなたがたが、愛していて、どうしてもなお望みがあるというのなら、

その望みはこのようなものであるように。

融けて、夜の間も自分の歌を歌っているせせらぎのようになること。

愛のあまりの優しさに苦しむのを知ること。

愛を自分で解釈して傷つくこと。

そして、自由な、喜びに溢れた心で血を流すこと。

夜明けに目覚め、飛び立つ思いで、愛の新しい一日のために感謝をささけること。

昼さがりには静かに休らい、愛の恍惚を思い出して味わうこと。

夕暮れには、感謝に満ちて家路をたどること。

そして、心では愛するひとのために祈り、唇では賛美の歌を歌いながら、

眠りにつくこと。

…….

一週間前にこれを読んでいたときは、今とではひとつひとつの言葉の意味がまた違う。

どうぞ、今日一日精一杯生きたみなさまに安らかな眠りがありますよ〜に!

サクラマイトシサク

卒業式まであと11日になりました〜!

さっき、山のようにたまってしまった洗濯物をたたみながら、

NHKのニュースをラジオで聴いていた。

その中に今日は、京都大学の合格発表があったと。

ラジオだから、映像はないけど、聞こえてくる歓声に桜の花を見る思い。

と、同時にあのカンニング事件の青年は不合格だったとコメントが最期にあった。

この事件の報道のあり方は賛否両論で、私はテレビはほとんど見ないけど、

社会的に大きく扱われたのは事実。簡単にその正否はここで語るべきではないと思うけど、なぜこの事件が私の心を動かすかというと、その青年が母子家庭だったということ。

我が家もこの春受験だった。あっという間の中学3年間。彼が中学1年生のとき、私は何かで非常に切れて、「うちは絶対公立でなくちゃ経済的にいけないんだから!わかってるの?」と言い放った。その後、都内の受験状況を徐々に把握してゆくうちに、都立でなくちゃいけないという親からのプレッシャーは一方的だったと反省し、その後、その言葉は言わないようにしていた。

中3になってとしには、行きたい志望校がひとつあった。都立のK高校。当時の成績からは誰もがちょっと無理じゃないの?と首をかしげるその高校に彼はどうしても行きたいから頑張ると言い出した。なぜかというと、彼を当時指導してくださっていた。陸上のコーチがその高校を卒業したばかりの青年だったからなのだ。

コーチみたいになりたい。としにとって、コーチはお手本で、みるみるうちに陸上の成績も、そして、みなが無理じゃないの?といった成績も、3年生の後半にぐんぐんその合格点に近づいた。が、都立の最終志望校提出時に、としはその高校から他の高校に自ら変えた。

恥ずかしながら、親として、ここまで頑張ってきてなんで?と思い、おもわず、彼の選択に疑問を投げかけたら、としにとって、それはショックだったみたいで、「なんで俺の選択をみんなでそういうんだ。俺は確実に都立に行きたいんだ」

確実に都立に行きたい……私はかつて自分から彼に投げつけた言葉を思い出した。彼の目的は明確で、都立に行きたい。○○高校に行きたいというものではなかったのだ。自分の言葉の責任を感じ、彼の選択のほうがむしろ大人に思え、私は恥じた。

この時期は小学校も中学校も卒業前の行事が目白押し。進路の決まった生徒さん、そしてお母さんたちと会う機会も多い。先日、私立校進学を決めたおかあさんがぼやいた。合格発表から、1ヶ月で収めた金額を聞いて、私も唖然とした。

もう少し、なんとかならないものか….彼女はもうひとつパートを増やすと言っていた。今でさえ

相当に頑張っているのを3年間知っている。未来の日本を背負う子ども達に教育してゆくのに、

もう少しなんとかならないものか….謝恩会に使う野菜を一緒に洗いながら、中学校の家庭科室で思わず大根を強くこする。

今日、不合格だった19才の青年にどんなヒストリーがあったか知る由もないけれど、本人と、その親御さんの気持ちはいかばかりか…….

不正はいけない。わかっている。

でも、まだ始まったばかりの人生だから、どんなことがあったって、前向きに大丈夫だよと願うばかり。学ぶってことに関しては、これで終わりなんてとんでもない。

私のことを言わせてもらえば、初めて、真剣に勉強したいってことに出会えて、始められたのは

40歳のときだもの。

ありがたいことに、桜は毎年咲いてくれるから。

千羽鶴、アザラシ、そしてカエル

今年は、可愛い女優さんに手作りチョコを頂いた2月でした。おいしかったよ~ん!

先日、動物写真家の小原さんがblogで、カナダマドレーヌ島ゆきのツアーがキャンセルになったと報告があった。つまり、今年も流氷はほとんど無い状態だということ。

去年の今頃もこのキャンセルの報告をきいて、私は泣く泣くカナダ行きの飛行機をキャンセルした。「いえ、まだ方法があります。知床の流氷です」小原さんの言葉に行き先は一気に変更、私たち親子は北海道で、同じようにアザラシをみるために集まった人達に合流した。

そこで、撮らせていた写真、私とたかはただただついてゆくだけで、北海道の大自然を堪能させて頂いた。とくにたかにとっては一生の宝物だと思う。

トドの子ども

漁師の大木さんの船で国後半島の近くまで

アザラシに遭遇!

流氷の上にのっけてもらって、

釧路湿原の丹頂

あ〜〜〜、それはそれは得難い体験だった。

どうして、この旅を決心したかというと、私はアザラシを見るためというよりは、元報道写真家の方が動物写真家として、どう大自然の中、その写真を撮るか見たかったとの、そのあとに始まる予定の劇に出る子ども達に自分が体験した上で演出したかったから、流氷について、温暖化について。

さかのぼると、これはご縁あって、アメリカからずっと上演させていただいている

アメリカ人が書いた子供劇A Thousand Cranes ~禎子と千羽鶴~で、私が学ばせて頂いた事。

難しい題材だった。ヒロシマ、原爆、戦争、

当時は使命感に燃えて上演していたけど、だんだん恐くなった。あるとき私はこの劇をもうやる資格がないんじゃないかなって思った。喪失感。これから何を私は表現したいのかわからなくなっていた。

そんなとき、小原さんの話を聞く機会があった。報道写真家から動物写真家になったプロセス、本当に今伝えてゆく事、未来への伝言。なんだか答えを頂いたような気持ちになり、これを劇にしたいと思った。

情報が溢れる中で、真実を掴む事は容易ではないな…..

小原さん始め、通称アザラシ娘さん達との、楽しくて楽しくて、ほとんど大笑いして終わった知床の流氷の旅を思い出して

教えて頂いたことはそれだった。

最近、おそるおそるTwitterを始めたのだけど、結構楽しいのだ。

楽しさがわかった頃、とある方をフォローしたとたん、その夜、溢れん間ばかりのツイートが

届いていて、それは現地のリアルタイムでツイートされる、エジプトからのものだった。驚いた。最初はあまりの数に躊躇したのだが、そのうちにわかって来た。これは世界で今おきているうねりなのだと。とてもじゃないけど全部読めない。

でも大きなうねりはわかる。

今まで新聞やテレビで受け取る報道とは全く違う。

報告はリビアからのものが今は主。

あるとき、残酷な映像ですと注意が添えられて頭を打ち抜かれる少年の映像が送られて来た。子供劇unseenのリハーサルのあと、楽しく皆で演劇をやって帰宅した私をとしとたかが笑顔で迎えてくれて、そしてその映像をみて、言葉を失った……少年なのだ、打ち抜かれたのは。

同じ地球の上ではこうやって人間は悲しい殺戮をまた繰り返し、もはや直接現地から送られてくる情報が手のひらに乗っかる、そういう時代に突入している。少なくとも、好きなことが出来て、恵まれてる私は、夜中にiphoneを手にして思う

前にも書いたけど劇の演目はthe frog prince 傲慢な王子が自然を殺戮して罰を受けて、カエルになってそこで学んでゆく話。丁寧に創ろうと思った。

貧困ってなんだろう、国のリーダーが道を間違うってどういう事だろう、武器をもたない青年が立ち向かうってどういう事だろう、マメットの劇には沢山の示唆、意味があって、あの女優さんたちや協力して下さるアクターや保護者の方たちと一緒に出来る範囲でいいから、真実を考えながら。

沢山の情報から、自分たちで考えて、真実をみつけられるようにね。

千羽鶴から、アザラシ、そしてカエル、やることは終わらないな。

© 2005-2012 studio unseen.