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studio unseen

Noriko's Blog - 月別アーカイブ: 2011年7月

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落ちていたヒナを拾いまして….そして…

落ちていたヒナを拾いまして….

 

雨上がりの夏休み初日、朝一で買い出しに出かけた私とたか。

「あ~~~!待って待って!!!」とたかが急停車。

そのペダルの足元に小さな黒いものが…..

 

それは…たぶん、昨夜の強風で落っこちた鳥のヒナ。

 

ひゃ~!生きてる….

 

慌てている我々の後方にトラックが来て、仕方なく拾って家に持ってきたのですが、さて、どうしたらよいものやら…..だって、この生命あるものは、只々心拍数と一緒にビクンビクンと動くのみ…

 

で、思わずツイッターしてみましたら、ありがたいことに自然音楽をお仕事にされている方とか、地域の鳥に詳しい方など、様々な方から即!経験談やアドヴァイスが届くのです。その内容は一様に同じで、

 

「ヒナは親元に返すのが一番、手元においてはいけません。とにかく、ベランダに出して、鳴かせて、その声を聞いて親はヒナを見つけます。それも早くしないと、親はヒナを認証できなくなります。」

 

本当に?

困ったことに肝心のヒナは弱りすぎて、声が出ない。

で、まずは箱に入れて、温めて、おそるおそる水をあげ、あ、根気よくそうしているうちに、ちょちょっと水、飲みました。

で、可愛いもんで、プリプリってう◯ち出して、

 

びっ!!!

 

鳴いたのです!そうはいっても、拾ったところからかなりうちは離れているし、私は仕事に行かねばならず、困惑顔のたかを残して家を出てしまったのです。

 

その夜、帰宅したのは夜。寝静まった家のドアを開けると、空っぽのヒナのいた箱が…..

 

ヒナはどうしたんだろう….

 

携帯をチェックすると、二子玉川の地域で水辺の楽校に参加されていて、

鳥に詳しい方からメールがきていて、その内容、許可を頂いたので、

載せさせて頂きます。その方は事情を知って、わざわざたかと一緒に拾った現場に行ってくださったのです。

 

 

「登坂さま、ヒナはスズメでした。

拾った場所で登坂くんと待ち合わせをし、ヒナを持って来て頂きました。

ヒナの入った箱を巣の近くの塀の上に置いてすぐに 親スズメはヒナに気付き、ヒナの入った箱の近くまで寄ってきました。

箱から出したところ、ヒナが家の中に飛び下りてしまって一瞬慌てましたが、無事に着地。

その後は、親が交代で餌を何度も運びに来て、塀の内側をあちこち歩き回るヒナの姿も確認できました。

専門家にも実際のヒナの様子を見てもらいましたが、ヒナの時の羽の骨折は手術しても直せないことがほとんどだそうです。

親も必死に餌を運んでいますし、このまま親元に置いておく方が 親にとってもヒナにとっても一番いいということで 薄暗くなってきたこともあり、帰ってきました。

登坂くんが、あのヒナに気付かずにいたら トラックが来なくても寒さで命を落としていたと思います。

暖めて水分を与えられただけでも ずいぶん元気が回復したはず。親元で できるだけ長生きしてくれるよう祈るばかりです。」

 

ヒナは親に会えたのだ。

親は探していたんだ。それも必死に。

 

私は、たぶん、どこかで信じていなかったのです。親がヒナを声でみつけるなんて。

でも、そういった考えは一気に覆されて、親子は対面出来たという事実に、感動というよりは、畏怖を覚えました。

 

自然の生き物の持つ親の本能をみせつけられた思い。

翼と足の折れた、もはや自然界で生きてゆくのには決定的な致命傷を受けた自分の子どもを

みつけて、親はどんな思いで舞い降りて、餌を運んだのだろうと思うと、

なんだか、泣けてきてしまい…..

 

今回、自然にあるものは、手出ししてはいけないという、ある意味厳しいルールや

生き物の持つ本能や、愛を、こういったことで教えて頂けた機会だったのです。

 

それ以来、

その道を毎日通りながら、空を見上げて、鳥の声を聴きます。

雀の親子がどうなったかはわからないけど、確実にわかったことがあります。

 

鳥の声の聞こえ方が変わりました。今まで持っていた「鳥の声」という概念はなくなって、以前は聞こえなかった、

….いえ、たぶん、聞こうとしていなかった、親が子を呼ぶ声、子が親を呼ぶ声、それら様々な呼応が空から、街路樹から降ってきます。

 

「ねえ、あのときどうだったの?」敬晴は、飄々と答えます。「うん、気が狂ったみたいに鳴いていた雀がいてね、親だったんだよ」

 

彼は小学校一年生のとき、やはり風で落ちたヒナをみつけ、それにぴーすけという名をつけて、「ボクが見つけたんだ!ボクのぴーすけだ!」と喜んで、そして、

結局死なせてしまって、こちらが困惑するほど号泣したことがある。

彼は中学1年生になって、今回は親元に返すことが出来たのだ。

 

私たちの夏休みはこうして始まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

studio unseen オープン!

暑い!

みなさん、毎日暑いですね。

ってわけで、ついついアイス買ってしまいます。これは大好きなone piece だし。

***

みなさんにお知らせです。

今まで使っていた駒場東大前、studio unseenとしてオープンです。

なので、写真でご紹介。

入り口。

階段おりて、

スタジオ内です。

ピアノが入りました。

これは、嬉しそうに写真とってる私。

studio unseenの使用日は日曜日、木曜日、金曜日の15:00~22:00

今はステラ・アドラー演劇クラスとリンクレイターヴォイスクラスをやっています。

また、リーディングポエトリーナイトや、コンサート、トークなど、みんなが立ち寄れるイヴェントもやってみたいと

計画中。

他、レンタルスペースとしても使えます。リハーサルで使いたい、ダンスやヨガを教えたい方、

ぜひご連絡下さい!

詳細は後ほどHPでも紹介します。

新しい場所で、いろいろとチャレンジしてみたい。みなさん、どうぞお立ち寄り下さいね。

 

PTAで動いたこと。fotgazet野田雅也さんの講演会とここらへんの放射能数値

今年のグリーンカーテン、この朝顔の葉っぱの柄がきれいで、毎朝見るのが楽しみです。どんどん伸びてね!

 

さて、PTA活動として、家庭教育委員会講演会を企画。今日は、報道写真家の能田雅也さんに来ていただく。テーマは「福島と世界の核」ちなみに、このタイトルはPTAのパパで書道家の鈴木啓義氏によるもの。迫力ある字です。

保護者の数はこのテーマへの関心の現れ。暑い中、駆けつけて下さいました。

中には、このためにお仕事を休んでまで来てくれたママも。

お話は野田さんが3,11 直後から、ずっと取材を続けていらっしゃる、福島県飯舘村の写真、映像、そしてお話。

近影の飯舘村の写真はとても美しくて、悲しいくらい。飯舘村に残る選択をされた方、二度と戻れないと判断し、村を離れる決意をされた方、人がほとんどいなくなった土地は、雑草が生え、今静かに森に戻ろうとしているのです、放射能とともに。

お話は世界の核へ。セミパラチンスク、チェルノブイリ、イラク、チベット、マーシャル諸島……

野田さんたちfotgazetの写真、ぜひみなさん見てみてください!こちらからです。

fotgazet

正しい情報をどうやって得たらいいのか….食材は何を買ったらいいのか?

飛び交う質疑応答、

新聞やテレビは今の有様ではもう信頼出来ない。自分で情報を集めて、判断してゆく力を付けることがこれから重要と。

みんなの質問や意見を聞いて、ああ、そうだったんだ、みんな同じストレスを感じているんだ…..

講演のあとは、有志でガイガーカウンターで学校周辺の放射能数値を測ってもらいました。

わ~~~、ガーガー言い出した。たしかに放射能はあるんだ…..

野田さん曰く、この数値が絶対ではないと。彼は飯舘村から帰ってきたばかりで、このカウンターはそれこそ、針が振りきれるほどの高濃度の放射能を測ってきたので、比較的に高めの数値が出るそうで、みんなそれを了解した上で、測量が始まりました。

ので、ここでその数値を書くことはしませんが、ご心配な方、今日出たここらへんの数値自体は低めです。俗にいうホットスポットの数値と比較すれば…..ですが。そう、ここが数値が低いからってもはや喜べない状況。これからのこと、飯舘村をはじめもっと数値の高い地域のことを思うと。

 

水の流れて溜まる場所、プールサイドやテニスコートの数値は少し高め、公園の木の椅子の下も高めです。 

逆に循環のある土は低いのです。やってみるといろいろとわかってきます。

 

講演会、やってよかった。不安を抱えたままの孤独でいるよりは、身近な仲間と

話をして、共有する。地域の顔の見える情報交換の場は、これからより大切になるのではないかしら。

 

3 11以降、大きく変化してしまったことは事実。これからは、どう向きあっていくかを考えなくちゃいけない。帰り道にはすでに、次の企画をやろうと声が上がってた。

少なくとも、もう原発はいや!

 

 

 

 

 

 

フクシマ いわきに行ったこと

先月のエグゼビジョンが終わって、私、ここ数週間は、

ちょっとゆっくり出来る時間をとりました。

次の長期クラスの募集期間であり、準備期間。

友達に会ったり、病院で定期健診したり、PTAの活動やヴォランティアをやったり、

こういった時間は実に大切で、あまり馬車馬のように動きすぎないように、気をつけてます。

今日は田園都市線が渋谷でストップ。もう開き直って明治神宮を散歩。

都心の緑の森は、思ったよりも涼しくて、私もちょっと落ち着いて、考えました。日本について、そして

今の原発について…..

そう、ご報告が遅れてしまいましたが、私たち仲間3人と、いわきに行って参りました。

リーディングポエトリーナイトの時に、寄付して頂いたランドセルを送らせて頂いたご縁で、いわき市のドニー坂本さんに会いに行って

お話を聞くのが目的でした。

常磐道を北上。意外と近いのですね。福島県に入ったら、なんだろ、自然緊張してしまって…

つい昨日まで福島という言葉の持つものは違っていたのに…..

ドニーさんはプロのラテンダンサー。ご自身のスタジオ、プリンセス アイの一室を開放して、

全国からの支援物資を無料配布しています。最近ではラジオやNHKでも取り上げられて、

私たちの訪問中も、遠くは川崎市の方が物資をもっていらっしゃっていました。

 

実際にお話を聞くと、いわきの放射能数値は東京の10倍。ただ、逆に震災後3ヶ月以上がたって、

放射能の意識が薄れてゆくのが怖いと。

これには私も同感。眼に見えない放射能は日常、意識すること自体がストレスになるし、お子さんをここで育てていらっしゃるから、一層深刻。ドニーさんはご自身のお子さんは体育は休ませているそうだ。

ドニーさんのお友達、ジョニーさんもお話してくださったけど、とにかく、頑張っペ東北、お二人は前向きに

いろいろと動かれている様子。そのお話の中で、被災地のいわきというよりは、いわきの中に被災地という部分があるとおっしゃってた。いわきを好きになって欲しいと。それと、津波の被害は海岸線に行けば見られるから、ぜひ行ってみてきて下さいと。沢山の人たちが来て、見て、そして話をして欲しいと。

お話を聞いているうちに、むしろ、固く考えずに、遊びに来るのが一番なのかと。温泉や、フラダンス。いわきってきっと良いところなのですね。

ジョニーさん、特別に奥様とダンスをご披露してくださいました。

いや〜!素敵なリードでした。

ジョニーさんの津波の被害を見て欲しいという言葉に勇気をもらって我々は海岸線へ。

私は、物見遊山で写真撮るのはいいのだろうか、などとつい遠慮したり、固く考えていたけど、そうじゃないんだな。

で、車走らせて、海岸へ、

 

 

写真を撮っていて、気づくのです。お花を手向けたおうちは、当然人が亡くなられたおうち。

おもわず、写真を撮っている自分が怖くもなる。こんな気持は初めて。

3 11から、3ヶ月のいわき。まだまだ被害は手付かずのまま。家を失った方、そして職場を失った方

大変な状況なのだと、この目で見ると、実感する。

その日は小雨の穏やかな波の日で、この海が沢山の人を家を飲み込んだと思うと、

自然の力の底しれなさ…

我々は、日帰りはしないで、予定を入れずその日は地元の温泉に泊まることしていたのだけど、

実際、地元の温泉はいっぱいで、空きはなし。ドニーさんの口利きで無理やり押しこんでいただく。

(申し訳ない!)

なぜって、いわきの温泉宿は今、原発関係者の宿泊でいっぱいなのだそうだ。

知らなかったな…..たしかにそう言われてみると、夜食事をしようと温泉街を歩くのだが

本当に閑散としている。観光客はいない。地元のお店もこれじゃつらい!

旅館も人の気配がない。一緒に行ったどいどいは、「夜中に帰ってきて、寝るだけなんでしょうね」と。そうだろうな。

だから、フロントにいくつもキーが並べられていた。すでに夜中なのに。

で、地元のお刺身食べているときも揺れる揺れる……

こちらの方たちに言わせてみると、こんなのしょっちゅうなのだそうだ。

うう……

コンビニで買い物をしたときに、レジにいた髪の長い女性は、フラガール。知る人ぞ知る、

いわきは映画「フラガール」のモデルとなった場所で、コンビニのおじさんは、

「炭鉱が閉鎖されたときに、ハワイアンで街は復興したから、こんどの震災も、復興はハワイアンだと

思っています」と。ハワイアンは10月まで閉鎖だそうで、フラガールの女性は、今は休職中のバイト中。夏は市役所の職員もみんなアロハになるんですよ!と説明してくださって、ここでも地元を愛する人の声を聞く。

***

実際に行ってみて思うことは、とにかく、気楽に遊びに行くのでも十分なのだと思いました。北に向かう高速道路を、福島を避けて、東北方面に行く車が多いけど、いわきの人たちは、沢山の人に立ち寄って欲しいと願っている。東京から、車で3時間。

いや、温泉はすごくよくって、プレートの摩擦熱のお湯だそう。こじんまりとした温泉で、ほんとに体休まったです。

***

実際に日本は全国に温泉があって、プレートの上にある国土。所詮、津波や地震とともに、生きる民族なのだから、

なぜそこに、原発をっていう疑問、私は感じます。

今日、明治神宮を散歩して思うことは、日本って国はこんなに美しくて独特の風土と文化を持っているんだもの。それが原発という人為的なことで失われてゆくのは耐えられない。

コンセントの向こうにフクシマがあったという事実を考えないで、電気使ってきたんだから、私も含めてみんなの問題。

なんとか、失望しないで、前向きに行動したいと思う。急に大きなことは一人では出来ないけど、

明後日8日はPTAとして、「世界の核とフクシマ」というテーマで、JVJAの報道写真家野田雅也さんに来ていただいて、

実際現地に3月16日から入って取材されているお話を聞く予定。そのあとで、有志で子どもたちが通う中学校の校庭や

農園の放射能数値を測ってもらう。

怖い。事実を知るのは。でも、まずそこから始めなくちゃね、行動を。仲間と勇気を出してね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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