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Noriko's Blog - 月別アーカイブ: 2012年11月

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母性の声

リンクレイター女史に、ついにサインを頂きました!

筆跡がダイナミックで、何が書いてあるか、じつは全部はわからないのですが、最初の一文は、”Thank you for bringing this work to Japan.”

「日本にこのワークを持っていってくれてありがとう。」です!

 

私がアメリカで出会ったクリスティン・リンクレイター女史のヴォイスワーク「Freeing the Natural Voice」そのマスターティーチャーに直接に会うのは、10年来の念願でした。

というよりは、きっと機が熟すまでにこの年月が必要だったのだと思います。

 

meeting は、たしか小一時間だったと思います。彼女のコロンビア大学のオフィスの中で、私がロサンゼルスでエレーナに習ったこと、帰国後、日本でやってきた過程と体験、日本でのヴォイスワークの可能性など、いろいろな話をしたのですが、その中で、印象的な瞬間がありました。

 

K「あなたは劇場とはコンタクトを取っているの?」

N「いえ、今は劇場と特に提携はしていません。でも昨年自分のスタジオをオープンして、週3回クラスをやっています。そこで、ラボとしてジョン・P・シャンリィのダウトを上演することが出来ました。」

K「それは素晴らしいわね。」

N「はい、出演者はみなこのヴォイスワークを1年以上勉強した人ばかりで、私は、シスター・アロイシスを演じました。」

K「そう、あれは難しい戯曲よね!」

 

そのとたん、リンクレイター女史の目線は一緒についてきた、トシに向けられました。

 

K「君はそれを観たの?」

T「は…..はい」

K「好きだった?」

T「はい好きでした。」

K「どこが?」

 

リンクレイター女史の視界にはもう私は入っていません。トシはいきなり振られ、たじたじでしたが、こう応えました。

 

T「あ,,,,あの…僕の知っている母は、優しい母で、でも、演じている時の母は今まで見たこともない、強い女性だったです。」

K「素晴らしい!素晴らしいじゃないの!今まで見たこともない母を君は観たのね!そして、それが好きだったのね!」

 

他のどの会話よりも、彼女の頬は紅潮し、表情は輝き、喜びに満ち溢れているのです。この会話を聞いていた私は、ああ、これがこのクリスティン・リンクレイターという人の本質なのだと、思いました。

 

彼女も、女手ひとつで男の子を育て上げたと聞いています。私にあわせて、駆けつけてきた恩師エレーナは当然、彼女の教え子であり、残りの時間は、ニューヨークで独り頑張る彼女の近況を温かく聞いていました。

 

リンクレイターは、母性の声でした。

 

彼女が1963年に、イギリスLondon Academy of Music and Dramatic Art(LAMDA)からニューヨークに移り、自分のスタジオを開いた経緯には、彼女の著書”freeing the natural voice”に書いてあることを読むとその頃の背景がわかります。

 

1920年代にアメリカで起きたアクターズスタジオでのメソッドは、飛躍的な発展を遂げて、アメリカのアクター達はイギリスとはまた別の意味で、その演技法を確立してゆくわけですが、弊害が現れ始めました。

自己の過去の記憶を呼び起こそうとして、内面に入りすぎてしまう….特に悲劇的な幼少期を過ごしたアクターには危険です。ともすれば、自己破壊に繋がって、結果破滅してしまった俳優が沢山います。(決して、メソッド自体が悪いというのではありません、一部の現象としてそうなることがあったということです。)

LAMDAに勉強にきたアメリカのアクター達はリンクレイターに懇願します。「どうか、アメリカに来てください。我々はこんなヴォイスワークを今まで知りませんでした。」メソッドが確立してからの弊害との模索の中で、アクター達は、ヴォイスワークの必然性を感じていたのでしょう。

 

1963年にアメリカに渡ってきたリンクレイターは、当時、「来るべき場所に来るべきタイミングで来たと、実感した」とあります。その後、彼女はアレクサンダー・テクニークと出会い、解剖学とイマジネイションワークを融合させて、現在のヴォイスワークを確立してゆきます。アクター達に必要だったのは、内面=心のトレーニングに加え、身体、ヴォイスのトレーニングだったのです。

その信念の根幹には、傷つき、泣き、自らを破滅してゆこうとする多くのアクターを助けたいという彼女の持つオーラ、母性の力があったのだと思います。

 

ステラ・アドラーもまた、女性。彼女もそのドキュメンタリーの中で、自らが母親に言われた、「恋をするのは、いい。でも、その感情をを心の深い底にまで落とすな、それは危険なのよ。」という言葉を引用しています。

 

そんなジャンヌ・ダルクのような勇者2人の女性に出会えた私はラッキーだっとしか思えませんし、私の根幹が枯渇していたのかもしれません。

 

今回、リンクレイターに会えたことによって、新しい目標が見えました。

彼女達が切磋琢磨して掴んできたもの、今後は今の自分のいるここで、ここにいる人たちとの働きの中で、私ももっと知りたいこと、学びたいことが増えました。

 

大御所リンクレイター女史の前では、まだまだ子どものような私です。これからも、精進させて頂きます!

 

 

 

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